この本とは『文庫X』、“申し訳ありません。僕はこの本を、どう勧めたらよいか分かりませんでした。
どうやったら「面白い」「魅力的だ」と思ってもらえるのか、思いつきませんでした。
だからこうして、タイトルを隠して売ることに決めました。・・・・・・”
『文庫X』は、さわや書店フェザン店の店員長江貴士氏(文庫担当)が書いた帯、
というよりは表紙カバーを覆った自作の推薦文です。
「これを読んだら買わないわけいかないでしょう。」と、友人。私も早速購入しました。
文庫Xとフェザン書店 長江さん
この本『文庫X』は、当時大反響だったようです。
その切っ掛けとなったのが、岩手県盛岡市にある「さわや書店フェザン店」。
フェザン店は出版、書店業界では有名な本屋さん。今も盛岡駅1階にある旗艦店です。
“どうしても読んで欲しい810円がここにある。”
~これまでにあなたの人生には存在しなかった
衝撃と感動をお届けします。~
長江さんは、タイトルも作者も隠し、一人でも多くの人に読んで欲しい想いを自筆で書き、カバーにしました。
長江さんの切実さが伝わります。
「文庫X」の企画は全国650以上の書店を巻き込み、30万部規模のベストセラーとなりました。
小説ではなく、500ページに及ぶノンフィクション、
長江さんは『普通に並べても絶対に売れないな』 と思ったそうです。
でも、多くの人に読んでもらわなければという使命感に近い感情が湧いたと言います。
ジャーナリスト清水潔氏
長江さんがそこまでして売りたかった本とは、
『殺人犯はそこにいる』隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件(清水潔著、新潮文庫)
新潮文庫からの発行は2016年6月1日、『文庫X』の話題も10年前です。
事件そのものは1979年から1996年にかけて、栃木県足利市と
群馬県太田市にまたがる20キロ圏内で起きた、連続5件の幼女誘拐殺人事件です。
最も警察は連続殺人事件とは見ておらず、96年の事件は(遺体が見つかっていないため)
行方不明事件の扱いです。30年以上も前の事件です。
その頃は栃木県に住んでいましたが、この事件の覚えがありません。
ジャーナリストの清水潔氏は、「桶川事件」の真犯人を見つけ出し、真相を報道した記者です。
「桶川事件」で警察が自己防衛のためにどれほどの嘘をつくかということを知った。
その構造が驚くほど似ている。と、通称『足利事件』の独自取材を始めます。
そして、3件目の事件で逮捕された被告のDNA鑑定が誤りだったことを訴え、
17年に及ぶ冤罪で勾留されていた菅谷利和氏の無罪を勝ち取りました。
無罪ではなく、最初から無実なのです。
不当な捜査とずさんな証拠、自白の強要、
国家権力は、一度誤った方向へ進むと、無実の人の人生さえ大きく奪ってしまう。
最初の4件は時効のため、真犯人に不逮捕のライセンスを与えてしまった。
独自に、「同一犯」の存在を突き止め 、警察に話しても司法は動かず、閉ざしてしまう。
~この国で、最も小さな声しか持たぬ5人の幼い少女たちが、理不尽にもこの世から消えた。
私はそれをよしとしない。絶対に。 ~『殺人犯はそこにいる』まえがきより
驚きの刑事司法
さわや書店の長江さんがどうしても読んで欲しいと、尽力しベストセラーに押し上げ、
著者の清水潔氏が事件現場に100回以上も足を運び、菅谷さんの冤罪を勝ち取り、
真犯人まで突き止め真実を掴んでも、揺るがない壁があります。
村木厚子さんが4月に講談社現代新書から「おどろきの刑事司法」を上梓されました。
近所の書店の新刊書コーナーでは、売り上げ3位で、即購入できましたが、
友人は在庫なし、売り切れていましたとのこと。
村木さんの本が売れているのは嬉しいのですが、裏腹に義憤を抑えられません。
長江さんの義憤のほとばしりも、清水氏の義憤も、みな正義ではない司法への怒りです。
村木さんの事件以後も、「大川原化工機事件」では、捜査の捏造が問題となりました。
長期勾留の末に不起訴となりましたが、その過程で命を落とされた方もいます。
司法という途轍もなく巨大な権力は普通に暮らしていると気に留めることもなく、
司法こそ守ってくれる砦なはずです。
ただし、その組織にそぐわない、組織が脅かされる事態となると、
その途轍もない権力が牙をむき立ち塞がります。
それ以前に、村木さんの事件も大河原化工機事件も
「手柄が欲しい」「事件がないと組織の存在意義がない」
「司法に間違いはあってはならない」の不条理が優先してしまう。
そんな司法ではだめだ。
安心して暮らせない。そう声を上げたのが長江さん、清水さん、村木さんです。
どんなに瑕疵がなくても、無実でも、ある日突然無関係の人が「犯罪者」にされてしまう。
いつ自分の身に降りかかってくるとも限らない。
だからこそ、声を上げ続ける人の存在が必要なのだと思います。